あなたの人生物語をAKIRA歌と共に分かち合う@しあわせイメトレマスター佐藤菅井美佳

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G【ジルケ・アニャのこと〜オイリュトミー学生時代】

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G【ジルケ・アニャのこと〜オイリュトミー学生時代】

G【ジルケ・アニャのこと〜オイリュトミー学生時代】

「Tくんのこと(最終回)」の前に…
オイリュトミー学校のクラスメイトとして出逢った「ジルケ・アニャ」のこと…読んでくださいな


2010年7月4日11:24にアップした過去のブログより転載します


ジルケアニャは私より三つ年上の女性

年は違うけれど…しげちゃんと同じ日に誕生日でした


彼女はドイツ人で
オイリュトミー学校の同じクラスでした

私たちLクラスには若くて色んな国の若者がいました
ドイツ、オランダ、ポーランド、フランス、ウクライナ、アメリカ、タイ、日本から…14名
辞めたり転校したり編入したり編入してきたりがあり最終的には9名が卒業しました
その9名のうち一年生の九月から学んで一緒に卒業したのは私を含め5名でした

さて
ジルケアニャはそんなLクラスで出逢った一人です


「ジルケと呼ばれていた時期も
アニャと呼ばれていた時期もあったけど
私はジルケ・アニャよ」

先生がアニャと呼ぶと
ジルケアニャです
と訂正してました

そうなんだね
わかりました
ジルケアニャなのね
OK

彼女は学校には電車とバスで一時間くらいかけて通っていました

一度お家に遊びに行きました
女友達と三人で一軒家をシェアして住んでいました

学校近くに引っ越すより通って親友と暮らしつづけることを選択したわけです


彼女は眼鏡をかけていて
やや老けて見えました

鼻が赤くて
細長い顔立ちで

髪は銀灰色に近く
細い髪質で一本にしばってました

性格は真面目で一生懸命でどこか陽気(笑)

病気がちだったらしく
やたら自然食品にこだわってました

アトピー気味で
自分が正しいと信じたことは熱弁して説得しようとする頑固さがありました


彼女いわく
私は彼女の妹に雰囲気が似ているとかなんとか

自由気ままに外国に行ったりしている妹さんだそうです(笑)


彼女は私のドイツ語が下手なのを見兼ねて
「絵本からでもいいから簡単なドイツ語の本を読んだらいいかもよ?!」
とか言ってくれましたが

当時の私には
ただのお節介な説教にしか聞こえず
やりたくないことはとことんやれない私でした☆
↑これは今も(笑)

つまり当時の私は語学上達への意志は無かったわけです☆

ごめんね
ジルケアニャ

私のことを考えてくれてのアドバイスだったろうに

当時はオイリュトミーの学びやアルバイトや日々の生活に精一杯だったんだ

でも親身になってくれて嬉しかったよ
ありがとう!!!




彼女はもともとオイリュトミー療法士になりたくて
基礎となるオイリュトミー学校に入学したんです

だから舞台にたつのも
芸術的課題も少しだけ苦手そうでした
幾何学を動くときも
すぐに動けなくて時間がかかったり
体よりまず頭で理解してから動きたいタイプ
多分私も似たり寄ったり(笑)
だから彼女の動くときの戸惑いもよく理解できる



モッサイ私から言うのも何ですが
彼女には恋愛とか無縁かと勝手に思ってました(失礼)

在るときふと
何かのときに彼女の恋愛話を聞かせてもらいました

何だかすごく印象的だったので
どうしても文字にしておきたくて・・・
ここにメモさせてもらいます




ジルケアニャが高校生のとき彼と出会ったそうです

あぁ
きっと彼と結婚するんだろうな

そう思えるくらい
仲のいい家族のような存在だったそうです



あるときバイクに乗った彼が事故にあいました

彼女は直ぐさま駆け付け
彼は彼女の腕の中で亡くなりました
19歳だったそうです

あまりの恋の顛末に聴いていたクラスメートの私たちは驚き

つらかったわね
悲しかったでしょうね

と言うと

彼女はいいました

いいえ
私は彼と時間を過ごせて幸せだった
そして彼が私の腕の中で亡くなったこと
彼の最後の瞬間を看取れたことは幸せだった



私はそんな経験はしたことがないけれど

彼らは本当に愛し合っていて
その絆は彼が死んでもなお生き続けているんだ...

そう思わせる
力強い印象的な言葉でした



結局彼女はオイリュトミー学校を途中で辞めて
大学の医学部に編入していきました


あるとき昼休みに遊びにきてくれたジルケアニャを囲んでクラスメートでお菓子とお茶で談笑しました

マリアがいいました
「いつもは疲れて昼寝が必要なくらいなのに
今日はむしろ元気だわ
ジルケアニャが私たちに元気を分けてくれたのね!」

確かにそうでした
わくわくワイワイ笑いあって元気になりました


クラスの雰囲気が悪くなったとき
ケーキをやいてきて
みんなで食べましょうよ
と気を配ってくれたのもジルケアニャでした


そしてもちろん私たちの卒業公演にも
ちゃーんと見に来てくれました

久々の再会でした

髪をきってオカッパにした彼女は
ますますどこぞのオバサンかと思ったけど(笑)
↑ヒドイ


笑顔の輝きは一段と増していました
「素晴らしかった!!私はあなたたちを誇りにおもうわ」
そういってハグしてくれました


彼女は医学の基礎を学んだらさらにシュタイナー医学を学ぶんだと思います

彼女ならきっと人々に信頼される人智学医療者になることでしょう






出会いとは不思議ですね

それぞれの人生の
様々な基盤をなす記憶のかけらたち

そのかけらを共有し
シェアしあい

離れ離れになったあとも
聞かせて貰ったかけらたちが
私の中で再び再生されてゆきます


書いていて
しみじみ彼女の側面は
私の一部だなと感じました

私が見えた部分は
彼女の氷山の一角

そして私自身に気づかせてくれる鏡でもありますね


全ての出会いに心から感謝します


ジルケアニャの人生がますます愛に貫かれ
光輝きますように!!!



謫ヌんでくださり
ありがとうございました

にこにこ◎^∇^◎みかん♪でした


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追伸

ちなみに…2014年6月だかにオイリュトメウムのLクラスの仲間がミニ同窓会をしたそうです
私もお誘いのメールいただきましたが留学時代とはちがいヒョイッとドイツまで行く気になれず、
代わりに…同じ日本人のクラスメイトでジルケ・アニャと同じ誕生日のA子さんがメールでみんなの近況を知らせてくれました
◎^▽^◎

ジルケ・アニャは…親友とすんでいたあの町の信頼する人智学のお医者さんのもとで医学実習生として学んでいるとのことでした
実習は二年間
長い道のりを着実に進んでいるね

次にジルケ・アニャに会うときは…もう立派なお医者様かな?


次回「Tくんのこと(最終回)」です


オイリュトミー学生時代
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スガイミカだった頃の私からのメッセージ

F【美しい夕日に涙した日〜オイリュトミー学校入学前のこと】

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F【美しい夕日に涙した日〜オイリュトミー学校入学前のこと】

F【美しい夕日に涙した日〜オイリュトミー学校入学前のこと】

最後となる「 Tくんのこと」の前に

時系列に沿って過去の記事を二つ挟みますね

2010年8月7日1:29にアップした過去のブログから転載します


エンゲンでの一年を終えた私は祖母のいない日本に帰国

三月に休学していなければ一緒に卒業するはずだった同級生たちの謝恩会に参加し
皆を送り出し

4月から大学四年生
水戸に一人暮らしを始めた

しげちゃんはしばらく実家の岐阜にある予備校に通い
途中から名古屋の全寮制の予備校に入学

水戸と名古屋での遠距離恋愛はなかなか楽しかった


夏休みは水戸に遊びにきてもらい
私も時々名古屋に高速バスで会いに行ったりした

翌年のしげちゃんの第一志望の大学入試は福島県郡山市だったので
私も水戸から一緒に行って受験に付き添い

めでたくしげちゃんはその大学に入学

3月に私は福島にかえり
すぐに合宿で自動車学校へ

その年の3月31日
姉の二人目のこどもが生まれた


九月からオイリュトミー学校の入学が決まっていたが
ドイツ語が不安だったので6月から2ヶ月だけ
再びエンゲンで耳慣らしに学ばせていただくことにした

親からの援助はないため学費は免除していただく交渉の手紙もかいてすでに承諾を得ていた


しげちゃんに会いに行った郡山の大学構内の電話ボックスから
飛行機の予約をしたのを覚えている

二人とも新しいスタート
しげちゃんは四月から大学一年生
ドイツにいっていた二年間と予備校での一年間があったので…三つ年下の同級生たちと肩を並べたことになる

私は九月からオイリュトミー学校の一年生
二人ともあと四年は学生として勉学に励むわけです


この一年間、日本で遠距離を体験して…

6月からは日本とドイツでの遠距離になる


しげちゃんはちょうど入学するとき入試の成績が良かったらしく特待生の奨学金がでた

そのためしげちゃんの両親の計らいで
思いがけないことだったが
ご褒美にその年の夏休みにドイツに来てくれることになった\^o^/わぁい


エンゲンの終了発表会に合わせてドイツに来てくれて
昨年共に学んだ旧友がいる農場に一緒に会いに行ったり

エンゲンからシュトゥッツガルトへの引っ越しを手伝ってもらったり

ちょっと足を延ばして友人と三人でパリにいったりもした


しかし時間はすぐに過ぎ去ってしまう...


しげちゃんはシュトゥッツガルト空港からルフトハンザにて日本に帰国

私は誰も知り合いのいないシュトゥッツガルトで一人残されることになる


空港で寂しくて不安で
半泣きでしげちゃんを見送った

日本に帰るしげちゃんにはもう基盤があるように感じて…羨ましかった


私にはわからないことだらけで…不安定な基盤の上に
まだまだ夏休みが一ヶ月ちかくある


ビザの申請やら住民登録やら電話開設やら銀行口座開設やら不慣れな事務手続きに
学校入学に必要なものも用意しないといけない



それになんといっても
見知らぬ町で持て余すばかりの不安と時間を
どう過ごすのか



幸い私の住むところはウ゛ェーゲーといって
個室に住んで トイレやシャワーや台所は複数の住人と共用する
共同住居だった


お隣りにも下の階にも日本人がいるのだが
彼女たちは学校が始まるギリギリまで日本で夏を過ごしているので今は留守だ


当時はそのほかに
グルジア共和国出身のマヤと
名前忘れましたがグルジアの男の子と
アルゼンチン出身の女の子と
ウクライナ出身のアレクサンダー(サーシャ)と
のちにドイツ人のパティシエ修業中の女学生がはいる空き部屋があった

つまり7人でせまーいトイレや台所を共用していた
(その夏休みは日本人二人と空き部屋ひとつで三人がいない状態のため
4人で使えていました)



ビザの申請には
ちょうどマヤも行く必要があるからと一緒について来てくれた

未熟なドイツ語でも外国人同士なら
その苦労がわかる

マヤの温かな助けが
心に染みた


また
日本から母が送ってくれた荷物は関税局に留められ
わざわざ地図をしらべ路面電車を乗り継いで取りにいったりもした

不慣れだと
ちいさなことも
すごーく大変に感じる


とにかく不慣れな土地で不慣れな手続きにへとへとだった…


とりあえずビザ申請や保険加入に必要な書類をもらいに
九月から入学する学校に行き
先生にも挨拶をしてきた


同じく九月から入学するというタイの女の子チトラもいたが

お話したいなと近寄ると
申し訳なさそうに

「ごめんなさい
今から老人ホームでアルバイトがあるの」
と行ってしまった

そうか
アルバイトもさがさないとな

どんなアルバイトなのかな
九月からのオイリュトミーの練習着は
シルクで自分で縫って一着用意しなければいけないんだけど
どうするつもりか聴きたかったな


言葉がまだまだ使いこなせなくて
自信もなくて

聞き返されただけで
自分のドイツ語が聴きづらいせいと感じてしまうため
「ううん なんでもない
やっぱりいいや」

なってしまう



聴きたいことも聴けない
言いたいことも言えない
聴いても全部理解できない
言っても思うように伝えられない


もどかしくて
せつなくて
その気持ちを誰かと共有したくて
でも誰もいなくて

言葉が、気持ちが
頭から心から手足から
モヤモヤと溢れ出して
爆発しそうだった



オイリュトミー学校の玄関を出て左手に坂を降りていくと

町が見渡せる道が続く


その日は夕日が美しく
また暑く...


ヨーロッパの夏は夜22時くらいまで白々と明るいので

陽気な人達が涼しそうな格好をして談笑しながら夕日を眺めていた


あぁ
本当に美しい夕日...



こんなに美しい夕日を


私は不安な気持ちで

一人

眺めている



美しいね

綺麗だね


そう共有しあえる誰かがいないことが


本当に寂しかった



美しくて

寂しくて


誰かと笑いあう人達を横目に

羨ましくて
寂しくて

一人涙を流して


その涙を

なかなかとめることが出来なかった...



今でもふと美しい夕日を見ると

あの時の私を思い出す



美しい夕日に

涙した日のこと...。




次は…

オイリュトミー学校のクラスメイトとして出逢った「ジルケ・アニャ」のことを挟みますね





美しい夕日に涙した日
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スガイミカだった頃の私からのメッセージ

E【ユーゲントゼミナールエンゲンのあと〜T君のこと】

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E【ユーゲントゼミナールエンゲンのあと〜T君のこと】

「6 ユーゲントゼミナールのあと」

2010年7月2日10:35にアップした過去のブログから一部加筆修正して転載します


ユーゲントゼミナールから帰国してすぐの春に愛知県でしげちゃんのお母さんがいる団体の主催で
オイリュトミー公演がありました

私も福島からかけつけ
Tくんにも手紙をだしてこんなのがあるよ♪とお知らせしました


会場でTくんは「よい機会をありがとう」と嬉しそうにしていました
お母さんと一緒に見に来ていて
ご両親にシュタイナー関連のことを紹介するよいきっかけにしてくれたようでした




私は四月から大学にもどり
卒業副論文・大学附属養護学校での教育実習・卒業制作(窯芸)などに並行して
ドイツ語検定3級取得・来年九月からの留学準備・そして駄目元で奨学金に応募して合格
などなど楽しく忙しくしていました

しげちゃんも予備校に一年かよい…翌年福島県に校舎がある大学に合格

Tくんは千葉のおじいちゃんちでの田舎暮らしのあと
またドイツに戻り
改めて語学学校にいったようです

Tくんからのフランクフルトからのハガキ が手元に残っています

これは私が22歳の4月ですね
Tくんは誕生日を迎えたばかりの23歳かな?

(ユーゲントゼミナール時代の名残でお互いを名前呼び捨てで呼んでいました)

「ミカへ
ミカはもう大学を卒業して実家にもどってアルバイトをするっていったけ。
大学は、良かった? 
僕ははじめからおわりまで、大学をしっかりやらなかったので結局どんなものか、よくわかっていないのです。それでもまあ、いいよね。
こちらの生活は、まだ多少ふらつきつつも、大部様子がわかって落ちつきはじめました。
アパートの五階に住み、自転車で学校に通って、大勢の中国人と一緒にドイツ語を習っています。
ドイツは今、初夏の陽気です。ミカも9月から、オイリュトミーの学校に行くんだよね。素晴らしいといいね。素晴らしいといいなぁ。
T 4月27日
(5/4にまた引越をしなくてはならないので、便りするときは実家へ出してください)」



私は4月に自動車免許をとり
6月から耳を慣らすために再びユーゲントゼミナールにいき

しげちゃんも大学から奨学金をもらったので
ご褒美にその夏のユーゲントゼミナールの終了式にドイツに遊びに来てくれました♪

私は9月からオイリュトミー学校に入学

慌ただしくしていて
Tくんにそのあと手紙を書いたかどうか覚えていないのです


思えばフランクフルトからのハガキがTくんからの最後の便りだったかもしれません



つづく


ユーゲントゼミナールエンゲン
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スガイミカだった頃の私からのメッセージ

D【ユーゲントゼミナールエンゲンにて〜Tくんのこと】

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D【ユーゲントゼミナールエンゲンにて〜Tくんのこと】

「5ユーゲントゼミナールにて」
2010年7月1日12:31にアップした過去のブログから転載します


ユーゲントゼミナールの夏休み
私は日本に一時帰国してました


Tくんは夏からユーゲントゼミナールを拠点にして
ドイツやスイスやイタリアなどの絵の学校を探し歩いていました

九月から私のエンゲンでの二ゼメスター目も始まり
Tくんは、エンゲンに帰ってくる度に何だか疲れた表情が見えました
気に入った学校がなかったからかな?


ユーゲントゼミナールにもまた新しいゼミナリストが入り
新しい経営者や先生方になり
ゼミナールの雰囲気もまた変わりました


Tくんの拠点となるユーゲントゼミナールは
外国にいるTくんにとって実家のようなもの

しかし 私たちもゼミナールの日々に忙しくしていて
二三日滞在してはまた出発してゆくTくんの不安定な状態を安定させる働きは
そんなになかったかもしれません


何月だったか
クリスマス前にはTくんは一旦日本に帰国して
千葉のおじいちゃんの家でのんびりすると決めたようです

言葉の通じる田舎で絵をかきながら将来を考える
そういうことであったようです


Tくんは4月うまれでした
私が3月にユーゲントゼミナールに来て最初に迎えた誕生会はTくんのためのものでした


ゼミナリストが分担してお祝いの準備をします

部屋やテーブルを飾る係
歌を選んで皆に教える係
ケーキを焼く係
カードを書いて皆にサインを書くよう手配する係
などです


Tくんのために歌われた歌はロシア民謡「カチューシャ」で
♪りんごの花ほころび
川面に霞(かす)みたち
君なき故郷(さと)にも
春は忍び寄りぬ♪
ってやつです

日本語とスペイン語で歌いました
スペイン語のほうはルイスが替え歌をつくり
Tくんの名前を入れてニッポンとかユーゲントゼミナールとか入っていたので

りんごの花がさくユーゲントゼミナールにいったTくんがいない日本でも春は訪れる

というような意味合いだったのかもしれません


手書きの歌詞がまだありました

写真の指で隠した部分にTくんの名前があります



Tくんが日本に帰るとき
ルイスはこの歌をうたいだし

みんなで送り出しました

さよならカードは私が担当して皆のサインを貰ったと思います

どんなカードを作ったか忘れてしまいました

Tくんも帰るならユーゲントゼミナールで一緒に三月までやり切ったら良かったのに


今でもそう感じます


だから今でも
カチューシャをうたうと
Tくんを思い出します

りんごはユーゲントゼミナールに沢山あり
りんごの花が
今や鈴なりのりんごに姿を変え
Tくんは日本に帰りました

私たちも翌年3月には日本に帰り

4月から私は大学4年になり水戸に一人暮らし
しげちゃんは名古屋の予備校で寮生活

Tくんとは たまに手紙のやりとりをしました



つづく


ユーゲントゼミナールエンゲン
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C【ユーゲントゼミナールエンゲンにて〜T君のこと】

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C【ユーゲントゼミナールエンゲンにて〜T君のこと】

Tくんのことを書きたくて2010年にアップした過去のブログです

「4ユーゲントゼミナールにて」
2010年6月30日12:00にアップした過去のブログより転載します


彼の書く字は彼の純粋な心を反映したかのような形をして
書かれる文体も相手を気遣う優しい気持ちや

どこか相手に文字でメッセージを送ること自体に対するとまどい?のような遠慮のような慎み深さがあったように感じられました


たまたま彼が日本に送った両親へのハガキが戻って来てしまっていて

私も何故なのかわからないけれど

ユーゲントゼミナールでは届いた手紙は大きな窓の桟(さん)にバサバサッと
無造作におかれているのが常だったので


・・・そんなわけで
見るともなく彼が書いたハガキを読んでしまいました↑
結果的に盗み読み?ヌヌ


それはこんな感じのハガキでした

「お父さんお母さん
お元気ですか
僕は元気にやっています」
ここは〜なところです
〜〜〜
「どうかお父さんもお母さんもからだに気をつけて〜してください」



寧な文字がならんでいて
私はそのハガキを受け取ったときのTくんのご両親のお気持ちを想像して

なんて素敵な息子に育っているんだろう

私がお母さんだったらこんな息子が嬉しいだろうなと感じました

それくらい印象的でした



実は私たちが一ゼメでユーゲントゼミナールにいった時期は
ゼミナール自体が過渡期でもありました

オイリュトミストでもあるカタリーナ・クニッピング女史が創設者から引き継いで校長をしていましたが
かなりの経営難で
半年過ぎた時点で先生方ががらりと変わりました

そのときにゼミナールの若者たちにも
続けるかどうか問われました

私は校長が変わろうと他の先生方が変わろうと一年留学する予定に変わりはないので残る意志を伝えました


Tくんはというと
たまたまパンを焼きながら聴くともなく聴いた話を思い出すに

彼はユーゲントゼミナールに静けさや理想を求めてきていたんだなと感じました

耳をすますと車の音が聞こえてきて鳥や自然の音が消されてしまう

今まではここももっと田舎だったけどどんどん家もたっていくだろうし

ここも本当の静けさからは遠ざかってるよ

とのこと
十分静かでど田舎なエンゲンでしたが
彼はもっと違う何かを探していたんだろうか

彼は夏以降は残らずに絵の学校を捜すことに決めました

彼の理想が純粋すぎて
理想の現実を探してさまようことになったんじゃないだろうか


夏休みに彼の両親がドイツに遊びに来たようで
帰りに息子のためにインスタントラーメンなどを置いて行ってくれたようです

それをTくんはしげちゃんに残していきました
「ラーメン好きだったよね
僕の両親がきたとき置いて行ったんだけど僕は食べないので良かったらシゲ○にあげます
だけどインスタントラーメンはあんまりからだには良くないから食べ過ぎないように気をつけてね」


なんというか
同じ年なのに
息子みたいに可愛い人だなと感じてしまいました

なんだかお母さんみたいな気持ちでTくんを見ていました


そのまえに私の誕生日は七月ですが縁あって
Tくんが私の誕生日カードを担当してくれました

当時はまだしげちゃんとは付き合ってないのですが
誕生日を迎えた遠足&キャンプ場で
いつもしげちゃんと話していたので

彼は後ろからその歩く二人をスケッチして
手作りカードにしてくれました
裏にはみーんなの名前のサインがあります

そしてその時のスケッチを画像に取り込んで
結婚式のときのウェルカムボードにしました

記念の一枚となりました


あの時の初々しい二人が
結婚して
今があるんだなぁと思うと

しみじみしてしまいます



そしてそのときは
皆の未来は誰も想像も出来ませんでした


つづく




「1 ユーゲントゼミナールにて」http://fukushima.areablog.jp/i/blog_view.asp?idx=1000034468&post_idx=11076165&category=idx&keyword=1000034468&category_idx_sel=

「2 ユーゲントゼミナールにて」http://fukushima.areablog.jp/i/blog_view.asp?idx=1000034468&post_idx=11076169&category=idx&keyword=1000034468&category_idx_sel=

「3 ユーゲントゼミナールにて」http://fukushima.areablog.jp/i/blog_view.asp?idx=1000034468&post_idx=11076173&category=idx&keyword=1000034468&category_idx_sel=



ユーゲントゼミナールエンゲン
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AKIRA歌と共に分かち合うしあわせイメトレマスター佐藤菅井美佳です


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大好きは嬉しいから♪


大好きでどんどん繋がり
学びや気づきを
分かち合いたいな!



今まで学んだこと
(師匠)

・オイリュトミー
(ミヒャエル・レーバー他)
・教育オイリュトミー
(ジルビア・バード他)

・吉祥レイキ
(此嶋美保先生)
・現代霊気
(土居裕先生)

・マヤ暦
(越川宗亮先生)

・イメージトレーニング
(尾崎里美ねぇやん)

・子宮メソッド
(子宮委員長はるちゃん)
・世界の秘伝
(AKIRAさん)

など☆


大好きな人たち

子宮委員長はるちゃん
AKIRAさん
かっこちゃん
心屋仁之助さん
福島正伸先生

などなどなど


大好きなパートナー
しげちゃんと
二人暮らしです

そんな私の大好き!に
共振共鳴される方は
ぜひぜひ愛にいらしてね♪

お待ちしてまーす♪

漱漱氈_(^o^)/漱漱

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